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北見は開拓でつくられた碁盤目状の区画に街並みが広がる、オホーツク圏の中心都市。2018年(平成30年)に開催された平昌オリンピックで銅メダルを獲得した、カーリング日本代表のロコ・ソラーレの活動拠点として、街の名を耳にしたことがある方も多いのでは。
古くはハッカの生産地として世界に名を馳せたこともあり、それぞれが今昔の北見の街の象徴といえる。
ロコ・ソラーレが迎える市街はカーリング一色
最寄りの女満別空港へと降り立つと、ロコ・ソラーレと記念撮影ができる顔はめパネルがお出迎え。JR北見駅前には原寸大の競技リンク「ハウス」と、ストーンの実物のオブジェも。街を歩けばストーンを模した案内板やモニュメントを見かけ、市街の随所でカーリングの街をPRしている。
カーリングはスコットランドが発祥の地といわれる、氷上のスポーツ。ルールは氷の上にストーンを滑らせて投げ合い、ハウスと呼ばれる円の中心に最も近い場所を確保したチームに、ハウス内の石の数だけ得点が入る仕組みだ。
市内にはロコ・ソラーレのほかにも男子と女子のチームが各2つ、ジュニアと車椅子のチームもあり、アドヴィックス常呂カーリングホールと、アルゴグラフィックス北見カーリングホールの2つの専用競技場もあるなど、街を上げてカーリングを盛り上げている。
ハッカ産業の盛衰からカーリングとのコラボへ
北見ハッカ記念館は、ハッカ産業にまつわる展示が揃う資料館。ハッカは世界中で栽培される多品種のハーブのことで、北見では1896年(明治29年)に薬種商の渡邊清司氏が、栽培を始めたのが起源とされる。
開拓民が入植してきた1901年(明治34年)以後、農家の副業として栽培が定着。1939年(昭和14年)には世界シェアの70%以上を占め、世界一の生産地となったこともあるなど、当時の北見の街を支えた主産業であった。
ハッカは高価な一方で高騰と暴落が激しく、安定化のため1933年(昭和8年)に北聯(現在のホクレン)北見薄荷工場が操業を開始。記念館がある場所がかつての工場跡で、ハッカの結晶の製造とハッカ油の精油が行われた、北見のハッカ産業の拠点だった。
第二次世界大戦後は価格競争に押されて北見のハッカ産業は衰退し、1983年(昭和58年)に北見薄荷工場は閉鎖。現在は北見ハッカ通商が、ハッカ油をはじめコスメやドライハーブなど、ハッカを素材とした産品を扱っている。
地元産のハッカはごくわずかながら、ハッカアメや羊かんといった菓子類に使われているという。
中でも人気なのが、ロコ・ソラーレ公認のメンタブ。台紙にはチームカラーが施され、ケースはカーリングストーンを模したデザイン。かつての主産業と、現在人気のウィンタースポーツがコラボしたかのような品で、氷上を滑るごとく爽快な味わいに、北見の街の変遷が垣間見えたような思いがする。
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