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土のにおいが好きだ。父母が農家から直接手に入れたトマトなどをくれた際、「いつか家庭菜園を」と夢想する。しかし実現への道のりは、かなり遠い。その分、土をいじる「先輩」たちに、あこがれ交じりで興味を抱く。
今年7月に亡くなった農民作家の山下惣一さんに2013年、先輩記者と話を聞く機会があった。山下さんの分厚い反TPP(環太平洋経済連携協定)論は、長い経験を踏まていた。ご自宅での酒席での会話も、勉強になる内容ばかり。ご冥福を祈りたい。
アラフィフになり、人生の折り返し感が強くなってきたこともあるのだろうか。土への憧れが、年々強くなっている。今年のGWには、次の写真の場所(千葉県匝瑳市)で田植え体験もしてみた。
楽しそうに「ロケットストーブ」紹介
そんな心境の中、2021年12月、栃木県日光市に住む七田紹匡さんの話をオンラインで聞いた。同市に移り住んだ2002年以降、山を切り拓いて、家を建て、水・エネルギー・食料などをできるだけ自給自足する生活を送っているという。
ご自宅から登場し、熱効率良く部屋を暖める「ロケットストーブ」や大きな暖炉などを楽しそうに紹介する。「実際、どんなところなのだろう」。暖かくなる季節を待って、2022年7月中旬、足を運ぶことにした。
「秘境感」ある日光・三依地区へ
都心の自宅から電車3本を乗り継ぐこと、3時間半超。野岩(やがん)鉄道会津鬼怒川線の中三依温泉駅で下車する。「よろしくお願いします」「遠くまでどうも」。車で迎えにきた七田さんと、こう挨拶を交わして合流した。
筆者の母親の実家は2006年に日光市と合併した、旧今市市だ。何となく知っている地域だが、この三依地区は「秘境感」を感じる。緑豊かで、同駅は無人駅舎。標高が高くなっている分、都心よりも涼しいし、もちろん空気も綺麗だ。
アユ釣りの季節だったことから、太公望たちの車をあちこちで見つけた。この晩に泊まった民宿でも、同宿人は皆、釣果を語り合っていた。
雑談をしながら、車を走らせること数分。七田さんが住む「エコヴィレッジみより」の入口に到着する。
本宅・作業小屋など建物並ぶ
1本道の左右には小屋が並び、一番奥に暖炉などがある本宅と最初に建てた家などが控える。想像よりも広いし、いくつも建物がある。つい最近も、作業小屋を増やしたばかりだと聞いた。
七田さん夫婦には、子どもが4人。長らく一家6人が暮らした本宅を、七田さんは自ら設計して、建物内部を作った。そのスキルがあれば、小屋の建築程度ならばすぐにできてしまう。
自家焙煎の珈琲を頂いた後、ヴィレッジを案内してもらった。
有機栽培で野菜や穀物を30種
生活で使う薪は、かなりの量が確保されていた。小さい枝をチップ状にする機械も導入済みだ。
畑に出るとブドウ、トマト、きゅうり、ナス、長ネギ、トウモロコシなどが確認できた。季節ごとに異なる野菜や穀物を30種類ほど育てるそう。手法は、農薬や化学肥料は一切使用しない「有機栽培」だ。
一時期よりも少なくなったそうだが、ニワトリも軽く10羽を超える。インタビューは2日目に実施したが、その時にも、頻繁に「コケコッコー」と鳴いていた。
自然と寄り添うシンプルライフ
本宅の裏手すぐは、清流だ。ここからポンプで水をくみ上げて利用する。取水場にワサビを試しに植えていた。コツを掴めば、立派に育ちそうだ。
食料面では、副菜はかなり賄えている。お米などの主食類の自給率向上が、今後の課題だ。
エネルギー面に目を向けると、薪で賄えない分は、プロパンガスで一部を補う。自宅にソーラーパネルもあるが、公共の電気も使い、インターネット回線も引いている。
その暮らしぶりを自然と寄り添いながらの「シンプルライフ」と捉えた。
近年、SDGs(持続可能な開発目標)が注目を集めている。掲げられた17の目標のうち、11は「住み続けられるまちづくりを」だ。
七田さん一家は、電気、ガスの使用を最小限にして、各種食べ物を自分たちで調達する。ヴィレッジ外で自然災害や大事故が起きても、生活基盤は揺らぎにくい。
この点、影響が直撃する僕のような都市生活者とは大違いだ。
望む「土のにおい」のする文章
七田さんが自ら作った農具で畑を耕す姿は、実にさまになっている。機械類の扱いも手慣れたものだ。
これほど農家になじんでいるのに、実は元は「都会っ子」。20代の頃は、デザイン雑誌の編集者をやっていたのだから、人生の変遷は面白い。
冒頭記した山下さんは若い頃、父親に反発し、2回も家出を試みた。しかし、その後は農業に真摯に向き合いながら、作家としても多くの作品を残した。
七田さんは、山下さんと異なり、都市生活者から農家になった。きっかけはインタビューでも聞いたが、自然との暮らしの中で日々、思索している様子が伺えた。今回語りつくせていない思いは、七田さんに是非、自ら書いてもらいたい。
「農民作家」として山下さんが愛されたように、土のにおいのする文章が今、世に求められていると考える。