東大教授のUI原体験は紙キーボード 愛用のHHKBを語る【Moovooモノ語り】
Moovooモノ語り
その道の専門家や著名人が愛用品へのこだわりと、それにまつわる物語を綴る連載、「Moovooモノ語り」。第26回目となる今回は、東京大学教授で情報科学者の暦本純一さん。コンピューターと人をつなぐためのキーボードについて語ります。
一覧を見る未来を夢見て「紙」キーボードを叩く
「ヒューマンコンピュータインタラクション」という、人間とコンピュータの関係に関わる研究をしている。
スマートフォンやタブレットなどで広く使われるようになったマルチタッチの発明などが主な研究成果だ。
そのコンピューターへの入力手段として、キーボードは未だに重要なインタフェースである。
私自身とキーボードとの付き合いも長い。最初のキーボード体験は小学生のとき、 紙製のキーボードだった。
70年大阪万博のIBM館でコンピュータとの衝撃的な出会いをしてしまい、なんとかしてコンピュータを学べないかと思っていた。
しかし当時、コンピューターはまだ専門家のみが使うもので、小学生が扱う機会などなかった。
そんな中、NHK 教育テレビで「コンピューター講座」という番組が放送されることになった。
これで学んでみようとテキストを取り寄せると、巻末に折り込みで「実物大キーボードの図」が付いていた。
音楽の教科書の裏表紙にピアノの鍵盤が印刷されているようなもので、これでキーの配列を覚えなさいということだったのだろうか。
この付録の紙製キーボードを叩きながら、コンピューターを使うとはどういうことなのだろうと小学生ながら思いを馳せていた。
HHKBにたどり着くまでのキーボード遍歴
次に使ったキーボードは本物だが、コンピュータにはまだつながっていなかった。
高校進学のお祝いで何かと言われてとっさにタイプライターをお願いした。
買ってもらったのはオリベッティの機械式タイプライターLetteraDLという機種で、工業デザインの傑作として有名な製品だ。タイピングの教科書をみながら、FJFJと打つところから始めてキーを見ないタッチタイピングができるまで練習していった。
機械式タイプライターは、キーをただ押すだけでは綺麗に印字できない。
ピアノ演奏のスタッカートのように、活字のバーが紙に一瞬だけ触れるようにリズムよく叩く必要がある。
英語の教科書を写したり、洋楽の歌詞を打ったりしながら、次第にリズムよくタイプができるようになっていった。
そしてマイコンブームがおき、コンピュータにつながったキーボードにようやく触れることができた。
大学の研究室に配属されたときに最もよく使っていたのはDECのVT100というターミナルのキーボードである。
キーボードの歴史では必ず参照される有名機種だ。
しかしその特徴はものすごくキーが硬いこと。
1日使っていると指がへこたれてきて入力がつらくなってくるほどだった。
このキーボードで鍛えられた結果、未だに打鍵圧が高く、ヘコヘコしたパソコンのキーボードだと物足りない。
「Don't look! Feel!」なキーボード
ここのところずっと愛用しているのはハッピーハッキングキーボード。
これも著名なキーボードだ。
東京大学名誉教授の和田英一先生の発案によるもので、私も含め熱烈的なファンが多い。
愛好者にはHHKBで通じる。
和田先生によれば、コンピュータとキーボードはカウボーイにおける馬と鞍の関係に相当する。
カウボーイは、馬は乗り換えていくが、鞍は体に馴染んだ同じものを終生使い続ける。
同じように、コンピュータはどんどん進化していくが、キーボードはレイアウトと打鍵の感触が吟味されている質の高いものを使い続けたい。
この思想に基づいてHHKBが開発された。
私は約25年前にHHKBが最初に商品化されて以来のユーザである。
無接点方式を採用していて打鍵感が極めてよく、耐久性にも優れている。
所有している25年前の製品でも、キーが変色しているものの全く問題なく入力できる。
現在使っているモデルはHHKBの無刻印タイプで、文字のない黒いキーが整然と並んでいるミニマルさが気に入っている。
高校生時代に覚えたタッチタイピングが活きて無刻印でも快適に入力できる。
暗証番号を入れるときなどは多少どきどきするが、スターウォーズばりに「目に頼るな」と言って自分の指を信じて打つ。
キーの感触も洗練されていて、文字が入る直前にキーからの反発が微妙に減るので、それを指で感じながら打っていると絶妙に力が抜けて疲れない。
これに慣れるとノートパソコンなどのストロークの短い軟弱キーボードには戻れなくなる。
GNUなどのフリーソフトウェアの開発で有名な、というよりも「ハッカーの神様」として名高いリチャード・ストールマン氏もHHKBの愛用者で、ノートパソコンのキーボードは無視してその上にHHKBを置いて使っているそうだ。
まさにハッカー御用達のキーボードである。
念の為に申し添えておくと、「ハッカー」をコンピュータへの侵入者として使うのは誤用で、本来は「卓越したコンピュータの使い手」を意味する尊称である。
ボタンが並んだだけのキーボードではあるが、文筆道具という意味では、筆や墨、万年筆やインクに匹敵する奥深さがある。
最近は自作キーボードブームも起きていて、自分だけの一点物キーボードを製作して使っている方もいるようだ。
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