色彩、場所、自分を写し取る 美術作家が愛用する国産色鉛筆【Moovooモノ語り】
Moovooモノ語り
その道の専門家や著名人が愛用品へのこだわりと、それにまつわる物語を綴る連載、「Moovooモノ語り」。第12回目となる今回は、美術作家の酒百宏一さん。自身の制作活動に必須なホルベイン社の色鉛筆について語ります。
転機となった交通事故
私は、ずっとそこにあったのに、特に誰にも気づかれずに現在まで存在しているような日常の何げない足元の地面や壁のシミ、錆など経年の変化によっての物のありようを写しています。
具体的には色鉛筆を使って直接その物に紙を当て、上からその物と同じ色になるように何色も色を重ねて写します。
なぜそんなことをしているのか、それは大学時代に経験した交通事故にまで遡ります。
当時私はバイクを運転していましたが、事故に遭った記憶がありません。
気がついたら自分は病院のベッド、そして利き腕である右腕が動きませんでした。
そのため1年間治療のため大学を休みましたが、時々自分がなぜここにいるのか、なぜ腕が動かないのかが飲み込めず悶々とした日々を送っていました。
しかし幸い肘から下の部分は動いてくれたので、日々ドローイングを描き続けることが、自分を繋ぎ止める唯一の手立てとなりました。
日に日に溜まっていくそのドローイングの物量が、いつしか自らの存在を証明してくれる確かなものとして認識していきました。
150色の色鉛筆を持ち歩いて街なかを写し取っていく
自分にとって表現行為のリアリティを得られる道具は1本の鉛筆でした。
ちょっと大げさかもしれませんが自分が今生きているという標(しるし)を紙に定着させていくうちに、紙の下の凹凸を拾うフロッタージュという描画技法の魅力に取り憑かれ、そして自分と場所を記録する現在の表現活動へと展開していきました。
フロッタージュは、いわゆる版画と同じ要領ですから、街なかに潜んでいる版を探し求め歩いているようなものです。
いい版が見つかればおもむろに鞄の中の色鉛筆を取り出し、その場所で制作を行います。
ですから常に150色の色鉛筆を持ち歩き、何十年と年月を経た固有の色を表すために、その場で色を重ねていきます。
色は光とともにありますので、屋外であればその色を捉えるのは非常に難しいことですが次第に物の方からこちらに近寄ってくるタイミングがあります。
要するに写すという行為は、対象を自分に取り込むことを言うのだと思います。
酒百宏一さん提供
酒百宏一さん提供
酒百宏一さん提供
日本の会社が作り出す日本の風土の色合い
現在制作活動で使用している色鉛筆(ホルベイン画材のアーティスト色鉛筆)は、私が2006年に大地の芸術祭に参加してからずっと使っている色鉛筆になります。
越後妻有の象徴でもある生き生きとした葉っぱの色を誰でもフロッタージュで再現するのに必要な色鉛筆でした。
またそれ以外にも様々な場所で、そのもの固有の色合いを表現するということは、日本の風土そのものを反映した色ですので、日本で作られた色であることが自分としては必須でした。
またホルベインは油絵具の研究開発を日本でいち早く行っていたこともあって、油絵具の顔料を含んでいるこの色鉛筆は、自分にとって描き味も馴染みやすく、発色もとても気に入っています。
そして真っ白な紙から自動的に形が浮かびあがってくるこの技法は、年齢問わず誰もが自由に自分の感性のままに表現できる技法ですから、身近なものをぜひ写してみてはいかがでしょうか。普段のものの見方が触覚的に捉えられると思います。
継続することで見えてくるもの
自分にとって予想もしなかった出来事が、今ではなくてはならなかったことにつながっているというのは、本当に不思議としかいいようがありません。
あの時鉛筆を手にして描くこと、表現することを辞めなかったことが今につながっていると思います。
続けた先に何があり、何になっているかは自分ですらも予測がつかないことなので、もし今何か表現し続けているものがあれば、自らを信じて続けていくことをおすすめします。
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